脇山茂樹さん (高34)

常に考え行動できる環境を求めて-外科医のすばらしさ

東京慈恵会医科大学外科学講座  講師 脇山茂樹  S57年卒業(高34期)

 

現役立高生への配布冊子(H23年版)より転載 当サイトへの掲載をご了解いただいております。

 

○現在の仕事

私は現在、外科医という職業に従事しています。それでは外科医という仕事についてお話をしましょう。医師には外科系と内科系があり、手術を中心に行う医師を外科系医師といいます。現在は外科系も細分化され、大学病院では、外科、整形外科、心臓外科、泌尿器科、産婦人科、小児外科、形成外科などがあります。それぞれの科にはさらに専門分野があり、私の所属する外科は、消化器外科(上部・下部消化管、肝胆膵)、呼吸器外科、血管外科、乳腺内分泌外科、小児外科に分かれ、その中で私の専門は肝胆膵外科です。外科医の中でも消化器外科医、その中でも肝臓、胆嚢、膵臓などが専門の外科医というわけです。現代は癌で亡くなるケースが増加傾向で、治療対象の疾患は肝臓癌、膵臓癌、胆嚢癌などが中心です。さらに私の専門分野は肝臓、肝移植で、肝臓の血管走行などの解剖を頭の中で構築し、出血と戦いながら手術を行います。この作業は独特の環境の中で緊張感がありあまるほどあります。もちろんこれまで外科全般を勉強してきたわけですが、大学病院など専門性の高い病院では仕事は非常に特化されています。仕事は主に手術が中心ですが、手術を含めた術前管理から術後管理までが守備範囲です。また大学病院では研究や学生・研修医教育も行われていて、人間を扱う仕事であるが故、休みもなく365日働いています(もちろん時々休みますが)。朝6時30分出勤、23時帰宅、週2件ぐらいの手術(6-9時間程度)、外来・当直業務、学生講義、関連病院での勤務、研究、といったところが私の1週間です。年に5-10回の学会参加もあり、そこで学問を勉強します。もちろんこのような生活の中でもプライベート時間を確保することは重要と考え、家族との時間、趣味、友人との交流、息抜きなどの時間を捻出すべく、時間管理に関してはかなり進歩しました。手術後も患者ケアに追われる外科医は3K(きつい・厳しい・汚い)といわれる時代もありましたが(今もいわれているかも)、なによりも患者さんが元気になり一緒に喜べること、緊張感のある長時間の手術を完遂したという充実感、医学という学問への探求など、常に何かを考え感じられる機会を外科医という職業は与えてくれます。

 

○現在に至る経緯

私は外科医になって21年ですが、あっという間に時間が経ってしまったというのが実感です。忙しい日々である一方、それだけ充実していたのだと思います。小さいころから何かに感化されて、高い志があってこの職業に従事するようになった訳ではありません。立川高校に入学後は、野球部に所属し野球に明け暮れていました。友人にも恵まれ毎日楽しく過ごし、本当に立川高校に入ってよかったと感じておりました(今でもなお一層そう思いますが)。3年間ひたすら野球に打ち込んでいた一方で、人間としての成長や社会に出て行く準備としての勉強についてはあまり進歩が無く、また将来について考えることもあまり無かったと思います(考える時間もありませんでしたが)。ただ自分としてはひたすら目の前の何かに挑戦し、それによって喜びも悔しさも含めて心からの感動を求めていたような気がします。3年夏の野球も終わり、さてどうしようかと考えていたところ、具体性はないものの、常に未知の何かを解決するために考えられる仕事がよさそうだなと思いました。祖父が小児科医であったこともあり医学部を目指すようになった次第です。しかしながら、とても成績はおぼつかず担任の先生からは何年計画だといわれたことを思い出します。両親の郷里ということもあり九州大学医学部を目指しましたが、残念ながら予備校生活となりました。予備校では数学者の秋山仁先生の講義を聞き、“大学はどこでもいいから早く社会に出て、とにかく医者になってから勝負しなさい”と励まされ、山口大学医学部に入学しました。医学部でも周囲の友人に恵まれましたが、医学部という独特の雰囲気もありました。山口大学卒業後、海を渡り九州大学消化器・総合外科に入局しました。外科医を選択した理由は、外科医という仕事は常に忙しく緊張感や緊迫感のある中で、迅速な決断、繊細さ、人間としてのさわやかさを求められ、一方では患者さんが元気になっていく喜びを直接肌で感じることができると考えたからです。私の転帰はこのころから始まったように思います。医師国家試験に合格すると2年間の研修があります。 特に就職活動の経験もなく、研修医としてぴかぴかの一年生となりました。現在は研修医の労働時間や給与が保証されていますが、当時は労働時間はあってないようなもの、給与は微々たるものでした。そういった中で、尊敬できる諸先輩方と出会い、いわゆる“軍隊生活”を送りました(24時間ほとんど拘束)。この2年間で、自分自身の限界は自分次第で決まること、医者たるものとは何か、外科医としての喜びや誇り、時間管理の重要性などを教えられました。その後、日本初の心停止肝移植、学位取得のための研究生活、米国Los Angelesへ留学、離島(壱岐)医療の経験、2200例にもおよぶ手術経験、いろいろな地域での人との関わりなど、いろいろな経験を経て現在があります。もちろん結婚して妻、子供二人、犬一匹と幸せな家庭(妻にはだいぶ迷惑をかけたような気もしますが)もあります。私は現在、依然として外科医としてあくせく働いておりますが、やはり初心忘れず、常に考え行動することを大切にし感動を求めています。不思議なことに自分が元気だと患者さんも元気になっていきます。

 

○立高諸君に伝えたいこと

社会の一員としてまた外科医として過ごしてきた中で、ぜひ諸君に伝えたいことは、当たり前のことですが以下の4つです。

・常に考え行動する状況から感動が生まれる。

・社会のシステムについて早くから勉強し、将来の自分の方向性に役立てる。

・人との関わりは財産であり大切にする。

・時間は限られていることを強く認識する。

立高諸君が生きている今の時代は、個々を大切にする時代、個性を伸ばす時代といわれています。しかしながら、個々を大切にすることと個々が自由に生きていくこととは少し異なると思います。個々を尊重しながらもお互いに協力することが重要です。我々の外科医の世界でも個々を大切にしすぎるあまりその弊害が起こっています。研修医の個性を生かすために、全国どこでも自由に研修が受けられるようにしたことで、研修医の偏在、ひいては地域的な医師不足が起こりました。これからの時代、やはり人と人との関わり・協力は大切です。時代を超えた普遍的な考え方-“常に考え行動し、感動を求めて生きていく”-を大切にし、この伝統ある立川高校でより多くの感動を経験し、各分野での日本のリーダーを目指すよう頑張ってください。また経験した感動はぜひ後輩に伝えてあげてください。今後の皆さんの頑張りに期待し応援しています。