徳永俊彦さん (高34)

過去、現在、未来。

 

現役立高生への配布冊子(H23年版)より転載 当サイトへの掲載をご了解いただいております。

 

三菱商事株式会社  徳永俊彦(高34期) 早稲田大学政治経済学部経済学科卒業

 

 

高校時代は野球部員でした。練習試合では負けたことのなかった国立高校が二年夏に甲子園出場し「チャンスあり!」と練習に励みましたが、三年夏は西東京大会ベスト16で敗れました。その後の三年生全員が対象の学力試験では学年で後ろから15番目で「中学(東大和四中)では学年で一、二番だったのに」と自分に絶望したものです。浪人時代は野球観戦や外国ヘヴィメタルバンドのコンサートといった娯楽も楽しみましたが、高校時代にはやらなかった勉強に力を入れました。共通一次試験(センター試験の前身)は科目数が多く一年で追いつくのは困難でしたが、受験科目を絞れる私立であれば「最難関も狙える」と考え、両親には内緒で秋口からは学習時間の多くを英語、国語、日本史に裂きました。日本史は代々木ゼミの模試で満点を取ったところ全国1位でした(1位が3人いましたが)。結果として志望の早稲田と慶應の法学部に合格しましたが、試しに受けた早稲田の政治経済学部にも合格し「卒業後のマスコミ就職に有利」(19歳の頃はテレビ局に漠然とした憧れを抱いていました)という不純な動機もあり志望を曲げて入学しました。一年間でよく取り戻せたと今度は自分に感心しましたが、今思うとこの学部選択は大きな岐路でした。

経済学科の理論経済の授業では、経済学者達が考案した多様な経済モデルを一定の前提を置いた市場環境に当てはめて条件変化による規則性を導き、実態経済で検証するというアプローチが基本であり「トービンのQ」等の興味深いモデルもあり面白い内容ではありました。しかし、阪神タイガースが日本一となった大学3年の1985年9月のプラザ合意(マンハッタンのプラザホテルで開催された先進5カ国蔵相・中央銀行総裁会議でのドル安容認)に端を発した急激な円高という理論経済では説明のつかない現象が目の前の実態経済で起きたことに、より大きな関心を持ちました。そして就職は「予測不能な実態経済に直に触れていられる仕事」という思いから総合商社がふさわしいと考えました。ここでひとつ皆さんに伝えたいのは、大学卒業後の進路選択は大学進学よりも大きな意味を持つであろうということです。大学生活では「自分は何がしたいか」という卒業後の進路について、いつも頭のどこかに置いて過ごしてほしいと思います。

1987年に入社し2年後には資金運用の仕事で中国返還前の香港に駐在しました。80年代後半は今でこそ「バブル時代」と言われますが、当時は「円高不況」が叫ばれ自動車、電機、鉄鋼等の輸出産業は危機感を募らせており、誰もが浮かれていた訳ではありません。金利低下で内需が拡大し株価や地価は高騰しましたが、バブルの恩恵を受けたのは銀行、証券、不動産等の一握りの企業や関係者に限られたというのが実感です。帰任後は本社で貿易や投資に関する商社金融の仕事に就いた後、金属製品や金属資源の事業への投資の仕事に携わってきました。会社は広範な事業を手掛けていますが一部を紹介します。総合商社は輸出や輸入の貿易事業だけではなく国内事業も行ないます。日本ケンタッキーフライドチキン(KFC)は子会社のひとつで、会社が鹿児島県に持つ大規模養鶏会社が生産した鶏肉の全てをKFCで使用しています。このように、原材料生産から最終製品の販売までの流れを付加価値の連鎖という意味で「バリューチェーン」と呼びますが、会社の鶏肉事業では原料から製品まですべてを行なっています。次に輸入事業では震災後に見直されている化石燃料を例に取ります。会社はブルネイ、オーストラリア、サハリン他の大規模ガス田に投資しており、生産される液化天然ガスを国内の電力会社に供給しています。同じく電力燃料や鉄鋼原料(鉄鋼の主原料は鉄鉱石と石炭)となる石炭はオーストラリアの世界最大の石炭生産事業の半分の権益を持ち輸入しています。日本は資源のない国ですから、資源の確保は総合商社の社会的使命です。外国の生産者から買い付けるだけではなく、事業に投資して自ら生産者となるのが近年の総合商社の資源戦略です。「商社不要論」が言われて久しいですが、私の知る25年の間は、取引仲介者からバリューチェーンの上流に進み生産者の領域に踏み込むことで会社は成長を遂げてきました。最後に輸出事業では設備機械を例にあげると、三菱の乗用車やいすゞのトラックといった工業製品を各国に販売することから、三菱重工等と共同で発電設備や鉄道の建設を請け負うという巨大プロジェクトまで様々な取組みを行なっています。製品を輸出するだけではなく、競争力の高い日本の技術も輸出するのです。

商社員は外国訪問の機会の多い仕事ですが、そこに楽しみもあります。メジャーリーグで2000年10月にヤンキースとメッツが争ったワールドシリーズでは、ヤンキースの優勝決定試合を仕事で訪れていたニューヨークで球場観戦し、左中間スタンドに飛び込んだデレク・ジーター選手の特大ホームランには野球小僧に戻って大喝采しました。

さて、皆さんの多くは大学生活を経て社会に出て行かれるでしょうが、世の中のさまざまな事象を見る時の、自分の「座標軸」や「ものさし」となるものを探してほしいと思います。これが持てると自分の判断や評価の基準がブレなくなるのです。私の場合は、大学時代に大変動が始まった為替と、最初の仕事で学んだ株式の相場がひとつにあります。入社してから欠かさずにドル円レート、日経平均、ニューヨークダウ、三菱商事、ライバルの三井物産、日本を代表する製造業の新日鐵、トヨタの株価をノートにつけ、今ではこの25年間の記録と照らし合せることで、今を見て将来を考える座標軸としています。政治や経済に限らず「AKB48のブレイクしている今は為替80円、日経平均1万円の水準。過去にモーニング娘。おニャン子クラブのブレイク時はどうだった?」というのもありです。ドル円ではプラザ合意に端を発した大変動が落ち着いた90年代半ばからは115円を中心軸として上下15円のゾーンでフロート(浮遊変動)し、ゾーンを抜けるとオーバーシュート(相場加熱)というのが私の相場観でしたが、2009年に90円ラインを突破してから既に3年にわたり80円台を中心とした円高水準が続いており、プラザ合意以来のパラダイムシフト(構造的変化)が起きたと考えています。

部活動に明け暮れた学業不振の劣等生の話ですが、充実したハイスクールライフを送ろうとされている皆さんが将来を考える上で、少しでも参考になれば嬉しく思います。