高24期同窓会 フェニックス会2018報告

高24期同窓会 フェニックス会2018報告
鮫島 正浩

私にとって、人生の中で指折り数えられるくらいしか来たことのない特別な場所、帝国ホテルにおいて、9月23日(日)にフェニックス会2018が開催された。さらに、帝国ホテルでの開催は隔年ということも知り、長年にわたり特別のお計らいをいただてきた藤井さんに、まずは感謝の一言。本当に有り難うございます。

私は、立高卒業から45年目の昨年、初めてフェニックス会に参加した最新参者。昨年は、脳裏に深く埋没した記憶を発掘しながらの参加だったが、本年は、幹事の瀬名波さんから会の報告を書くようにとの突然の依頼を受け、あらたな課題を得た参加となった。

当日、地下鉄の日比谷駅から外に出ると、9月下旬としては暑い日差しが残っていた。帝国ホテルに入り、メインロビーを抜けて宴会棟に向かうと、帝国ホテルとしては珍しいカジュアルな服装の人の流れを見つけ、それについて行くと会場に無事到着できた。会場では、昨年以来、旧交を温めていた方々、新たに親しくなった方々もおり、ちょっと一安心。

関田さんの司会で定刻に始まった今年のフェニックス会、冒頭で、この1年間に亡くなられた佐藤彰芳さん、西方明彦さんへ黙祷が捧げられた。年を重ねれば致し方ないことと思いつつも、まだ早過ぎると胸が痛んだ。

その後、柿添先生から乾杯のご挨拶をいただいた。その中で、私たちが立川高校に入学して半年ほど経た1969年の秋に起こった学園紛争のお話があり、当時を思い出す機会となった。私達の2学年上の人達の中には、学園紛争の結果、高校を去らざるを得なかった人もいたわけで、その学年は分断されてしまった。それから50年近くの時を経て、もう寄りを戻せても良いのではないかというお言葉が強く心に残った。入学したばかりの私達の学年にとっても多くの影響を与えた出来事であったが、今日、同窓会を毎年開催できる高24期は、その意味では、幸せな学年という思いを深めた。

乾杯を済ませた後、ビュフェスタイルの料理を思い思いに取り、各テーブルで昼食を取りながらの談笑が始まった。このような時、あらかじめ配布いただいたフェニックス通信は未だに新参者の私にとっては参加者の確認と話題を拾うのに大いに役立った。また、立高時代に居住していた地域や、現在、居住している地域のとてもローカルな話題で始まった会話は、様々な話題へと展開して24期いった。

一通りの料理でお腹が満たされた頃、どのような基準で選ばれたのかは定かではないが、何人かの方々からのショートスピーチが続いた。話の内容は、仕事、趣味、スポーツ等と多彩だが、それぞれに究め度がとても高い。立高教育の成果か、そもそも高い能力の持ち主が立高に集まったのか、議論はともかく、楽しく、為になる話ばかりであった。一連のスピーチが終わると、加藤治男さんの指導によるメビタマ○○体操なるものを全員で行うこととなり、大変な盛り上がりの中、一次会は中締めとなった。 二次会は、新橋の居酒屋へ。再び談笑の後、こちらは芦沢さんの音頭により二高校歌を斉唱して17時過ぎにお開きとなった。私の参加はここまで。夕闇が近づく中、脳裏の記憶を遙かに超える楽しい想いとともに長野県の自宅に向かった。

後記として、毎年のフェニックス会を企画運営されている桜庭真理子さんをはじめ幹事の方々には、あらためて心から感謝を申し上げます。なお、本年度のフェニックス通信の表紙にある23回立高祭の左下から2番目の写真は、ファイアーストーム用に積み上げた枕木と思われますが、これを運んで積み上げるのは、何故か、山岳部の仕事。私も、その一員として作業に協力したが、その枕木は、50年近い時を経ても思い出すほどの大変な重さでした。

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