立川籠友会「第7回総会と懇親会」報告

立川籠友会「第7回総会と懇親会」報告
―「キャッチミスをしないことね!」―

                                                                            (文責:高25期 船橋聖一)

2015年6月14日(日)立川市市民会館にて立川籠友会第7回総会と懇親会が開催された。OB・OG参加者は40名。懇親会には練習を終えた現役高校生26名も参加して交流した。
中井洽会長(高13期)は立高バスケ部が大きな大会で好成績を残すことを「密かな希望」だと語った。それを目指す意欲と努力、そしていくつかの条件が合わさったときに、「そのとき」がきっと訪れる。または「そのとき」に近づくことができるだろう。
現役の練習日で体育館が使用できるのは土日を除いて週に2日である。籠友会は2014年度から外部体育館使用料の補助を実施し、今後とも継続していくことを決めた。
秋山良治郎先生(1929生れ)にも出席していただいた。先生は1951年~1971年に立川高校に在職し、バスケ部の基礎をつくりしばしば大きな成果を残した功労者である。1964年の東京オリンピックでは審判員もされた。懇親会のスピーチでは身長に似合わない「大きな手」でパスを出す動作を見せ、「一番大事なことはキヤッチミスをしないことね。どんなボールが来てもつかむ。それが信頼を生むのだよ」と語られた。
乾杯の音頭は朝岡良和氏(高4期)にお願いした。朝岡氏は1952年3月の卒業だから秋山先生と1年間重なっている。1946年に旧制の都立二中に入学し、1948年から新制の都立二高(1950年立川高校)に変わったから合わせて6年間を「そこ」で過ごした。「No history No future」 が印象に残る挨拶の言葉だった。
懇親会では熟年の会員が若者たちに積極的に声をかけていた。練習風景やゲームの映像を見ながら会場が賑わった。「得意な技は何?」「ドライブです」「左も右も行けるの」「えっ?行けるかな」「将来はどんな仕事につきたいの」「医師になろうと思います」。「あなたの特技は?」「特にないけど、あえて言えばディフェンスかな」「将来は?」「中学校の教員になりたいです」。「私はジャンプシュートです」「俺もそうだった」「将来はまだわかりません」「俺もわからない」。
最後に校歌「玲瓏の水」を歌うことになったとき「今はどういうときに校歌を歌うの?」「歌ったことがないんです。だから校歌も知らない人が多いんです」「そうなんだ。文化祭などの行事のときにみんなで歌う歌はないの」「うーん、ないなあ」。ちょっと寂しい気がしたが、これも時代の移り変わりの表れなのだろう。
さて、たったひとりの20代会員を紹介しておこう。南部 紳さん(高62期、1992生れ)23歳。大学では地歴または公民の高校教員になる準備をしていたが、大学院に進学して体育に方向を変えた。現在は学びながら男子部のコーチを務めている。今はかつてのように同一校に長く在職できないし、また立川高校に赴任できるチャンスもあるかどうかわからないが、高校生たちにバスケットを教え、ともに学びあいたいと願っている青年だ。
立川籠友会がそういう青年たちにとっても、交流や貴重な情報交換の場となるように活動を続けていきたい。KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERAKONICA MINOLTA DIGITAL CAMERAKONICA MINOLTA DIGITAL CAMERAKONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA